第5回 高暮平和の集い・追悼碑前祭
■日時 平成16年8月29日(日) 午後1時30分〜
■ 場所 高野町高暮ダム朝鮮人犠牲者追悼碑前
高暮平和の集い・追悼碑前祭プログラム
平和の式典
1. 開会の辞
2, 黙祷
3, 参拝 広島県朝鮮人被爆者協議会 会長 李 実根 様
広島県朝鮮女性同盟の方々
4, 平和の集い実行委員長挨拶 高暮自治振興区長 温井哲夫
5, 祝辞 高野町長 藤原公昭 様
6.
「高暮ダムのはなし」 山代巴文学研究所 四車 ユキコ 様
7.
「日本と朝鮮の友好をめざして」 李 実根 様
8. 折り鶴をささげる 地元代表 広島高校生
9. 平和の誓い(平和アピール) 地元代表 広島高校生
10.
平和の歌合唱「アリラン・ふるさと」 参加者全員
11.
閉会の辞 広島高校生代表
12.
献花
■主催 高暮平和の集い実行委員会
■共催 高暮自治振興区 ふるさと村高暮
広島地区高校生部落問題研究協議会
広島高校生平和ゼミナール
■後援 高野町 高野町教育委員会
広島県朝鮮人被爆者協議会
広島朝鮮初、中、高級学校

平和の誓い
今日、私たちが集まったこの高暮ダムは、第二次世界大戦の真っ只中の1940(昭和15)年に着工され、 あしかけ10年の年月をかけ、1949(昭和24)年に完成しました。
ダムは「お国のために」とのスローガンのもと、ふるさとを追われる45戸の住民の反対を許すことなく、遠く朝鮮からの純真な青年労働者の強制連行による過酷な労働と犠牲を伴って完成したのです。このように高暮ダムは、悲惨な戦争の歴史の過程で建設されました。
また、日清・日露・日中・太平洋戦争の中で、高暮の地でも9名の方が戦争の犠牲者として尊い命を亡くされています。
私たちは、戦没者、ダムのためにふるさとを追われた人々、ダム建設の犠牲となられた方々の、ご冥福を心からお祈りし、刻まれた史実を正確に受け継ぎ、後世に伝えることにより、多くの方々の尊い犠牲の基に成り立っている今日の自由と平和な社会をより確実なものに高めることを誓います。
一人一人の心に「平和の心」を育てるよう、力を合わせようではありませんか。
2004年(平成16年)8月29日
高暮平和の集い
代表 佐々木精一
遠く異国の地、だれも訪れることのない深い谷あいで恨みの声すら残すこともできず命を落とした多くの同胞の御霊に、テグ市の教職員を代表し心からの哀悼を申し上げます。
そして今日、高暮ダムで犠牲になった同胞の御霊を慰霊するためにお集りになった、平和と人権を愛する皆さんに、はなはだ遠い場所からではありますが、心より敬意を表します。
だれも気にもとめず、埋もれた、言葉通りの伝説の中にしかなかった高暮ダムの哀しい歴史を掘り起こし、無念にも命を奪われた御霊を慰霊するために、寸暇を惜しみご尽力されている皆さんには、ただただ頭が下がる気持ちを抑えることができません。日々を平穏に過ごせるにもかかわらず、人権の伸張のために多大なる努力をされているみなさんの姿を思うとき、むしろ私たちが恐縮する次第です。私たちは昨夏高暮ダムを訪れ、どれだけ涙を流したかわかりません。二度とこのような非人道的なことが起きることがないよう、私たちも何をしなければならないかを気付かされます。
にもかかわらず腹立たしいことは、心ある市民団体や教職員たちの努力にも日本政府と関連する、かの会社が無誠意で軽率な態度を改めないことであります。
過去の歴史に対する明確な究明と謝罪、そして賠償をきちんと行うことが、真に明るい未来を築く礎になることを誰もが知っているはずです。しかし、それを関知しようとせず、うやむやにしようとするとはなんと厚顔無恥な振る舞いでしょうか。戦争を反対し平和、人権、そして命を愛する韓日の良心ある人々が団結し闘い、必ず歴史の真実を明かし謝罪を得て、無念にも命を奪われた御霊を慰霊し、二度とこのような惨劇が起きないようにしなければなりません。
今一度、高暮ダムの真実を明かすために今まで心労を注いでくださった皆さんに心からの敬意を表したいと思います。
2004年8月25日
大韓民国テグ広域市テグ中等平和人権教育研究会一同